入れ歯はいったいどのようにして作られているのでしょうか。
また、どのように作製すれば、良い入れ歯になるのでしょうか。
まずは、健康保険の範囲内で作られる入れ歯について、どのような作業が行われているのかについてみてゆきましょう。
入れ歯作りの工程
一般的な入れ歯の作り方の流れは次の通りです。
①診療室での1回目の診療 【お口の中の型を採る】
まず、入れ歯の型採りをします。このことを「印象探得」といいます。型採りする材料を盛り上げるための型採りの器をトレーといいます。
トレーには既成のものと、歯科医院・技工所などで作製する一人ひとりのお口の形態に適合させた個人トレーがあります。
通常は、平均的な口の犬きさを参考にした既成のトレーに、型探りの材料を盛って使うことが多いと思います。
トレーに型採り材を盛り上げ、歯型が採れるようにお口の中に入れ、しばらく待ちます。
はじめは軟らかい材料が、1~2分で固くなります。固まったら、口の中から取り出して1回目の診療を終えます。
②診療後の技工作業 1回目
診療後は、採得された型に石膏を流し固めます。これにより、患者さんの口の中を写し取った石膏の模型ができ上がります。その模型の上で入れ歯を作ります。
まず模型の上に、歯科用の蝋(ろうそくのロウです)でおおよその歯が並ぶ部分を作ります。これを「ロウ提」といいます。これを次の診療で使います。
③診療室での2回目の診療 【かみ合わせの決定】
通常、1回目の診療で、上と下の石膏の模型が作られ、その模型の上で「ロウ提」を作って準備します。
「ロウ提」は温めると軟らかくなり、削ったり、つぎ足したりすることが簡単にできます。
軟らかくしたロウ提をお目の中に入れ適切な状態でかんでもらい、歯を並べる高さや平面、入れ歯の真ん中の線なとを決めます。
④診療後の技工作業 2回目
かみ合わせが決まったら、上下の石膏模型を「咬合器」と呼ばれる装置に固定し、かみ合わせの運動を再現できるようにします。
そして「ロウ提」の上に入れ歯の歯(人工歯)を並べていきます。また歯茎に相当する部分は、本物に見えるように歯茎の形に彫刻していきます。
ロウ提はピンク色のロウを使っているので、人工歯が配列されると完成した入れ歯とばぼ同じ形になります。
⑤診療室での3回目の診療 完成前の最終チェック 【試適】
入れ歯完成の一歩手前で、洋服でいえば仮縫いの状態です。
歯茎の部分は、まだロウでできていますが、これをお目の中に入れて最終チェックをします。これが「試適」というステップです。
かみ合わせはちゃんと合っているか、入れ歯は安定しているか、痛いところはないか、発音はどうかなどをひとつひとつチェックします。
ここで真ん中かすれていたり、かみ合わせがおかしかったり、入れ歯がすぐ外れたり、浮き上がってくるようなら、調整する必要があります。
また、微調整では対応できない場合には、一つ前のステップに戻って咬合採得からやり直す必要があります。
⑥診療後の技工作業 3回目
試適のあとに微調整が済めば、最後の仕上げになります。
ロウを硬いプラスチックの材料に置き替えていきます。せっかく調整した人工歯の位置や、かみ合わせなどがすれないように、慎重に行われます。
プラスチックに置き換わったら、よく研磨して、あとは患者さんが装着するだけです。
⑦診療室での4回目の診療 【完成した入れ歯の装着】
完成した入れ歯を実際に装着してみると、いろいろと不都合が出たりします。
ロウからプラスチックに置き換えるとき、使用した材料の膨張や収縮で入れ歯の大きさがわずかに変化します。
しかし口は敏感な器官なのでちょっとした違いに大きな違和感や痛みを感じてしまいます。
実際に食べ物をかんでみて、痛いところがないか、大きすぎたり、フチに長い部分がないかなどを確認しながら調整し、ぴったりと目に合った入れ歯にしてゆき入れ歯作りの工程を終えます。
結構多くの工程を経て作られているものですね。
入れ歯の難症例は別として、ほとんどの入れ歯はこのような工程で作られます。
そして、患者さんのお口の中で『噛む』という動作は行えるようになるはずです。
但し、使用材料やバネの作り方などに一定の制限があるために、違和感が強いとか、食べ物のカスが入れ歯の下に入り込みやすいといった不満は慣れて頂くしかないのが実態です。
勿論、入れ歯自体が異物である事には違いありませんので、どんなに丁寧に作っても、程度の差はあれ違和感がついて回るのは仕方ない事です。
簡単に『違和感』と言っても人それぞれだと思います。(実は私も歯の欠損がないので、入れ歯というものを使った事がありません。ですから、患者さんの入れ歯に対する違和感を本当に理解出来ていないと感じています。)
上の総入れ歯を初めて入れた方が、メモを見ながらその様子を語って下さいました。
この方は、歯医者が嫌いで、初診時には上に前歯が3本のみ残っており、これがグラグラになっていましたので、抜歯をして総入れ歯にした方の
苦悩のメモです。
【1日目】
入れ歯を入れると口を閉じるのが不安になります。かみしめようとすると吐き気がします。
何回も口を開けたり閉じたりしているとだんだん慣れてきましたが、思うように唾が呑み込めません。
非常に発音がしにくく、周囲の人と話をしたくありません。何かの拍子に吐き気がします。
1日目は結局30分も入れていられませんでした。
【2日目】
だいぶ慣れてきたような気がしますが、10分も入れていられません。
「早く入れ歯に慣れなければ」と気ばかりはあせりますが、入れ歯を口の中に入れておくと何故か唾がどんどん出てくるような気がして、これを飲み込もうとすると吐き気がします。
何回も入れ歯を入れる努力をしてみますが、やはり無理です。まだ、食べ物を咬む段階ではないようです。(1回目の入れ歯の調整を行った。)
【3日目】
入れ歯の調整後、始めの状態よりは少し楽になりとりあえず30分程度は入れておけるようになりました。
でも、いつも口の中に異物が入っているような感覚があり、気が散って物事に集中できません。
発音は入れ歯が無い時の方が良いと思えるくらいに、うまくできません。特にサ行・タ行はうまく言えません。
入れ歯を入れているとどうしても無口になり、気が滅入ります。
初めて入れ歯をしれたまま食事をしてみました。食べ物が入れ歯とはぐきの間にはさまって食べにくい事この上ありません。
麦茶も冷たさがわからず、食事も味気なく美味しくありませんでした。
でも、少しづづ入れ歯の使い方が分かってきたような気がします。(2回目の入れ歯の調整を行った。)
【4日目】
昨日調整をしてもらいましたが、あんまり変わらないような気がします。
ご飯つぶが、入れ歯にネチャネチャとくっついて、舌で取ろうとしてもなかなか取れません。
食事にも時間がかかります。軟らかいものしか食べられません。
いつもイライラしている様な気がします。入れ歯を外すとホッとします。
【5日目】
来院せず。
【6日目】
姿を見せず。
【7日目】
2日間入れ歯を外していました。もう入れ歯は入れたくないけど、入れ歯がないと口の周りがシワだらけで落ち窪み、人と顔を合わせるのも嫌です。
(入れ歯のかみあわせをチェックした後、入れ歯の必要性と根性で頑張れば1か月程度で慣れる事を話して説得を行う。)
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結局この患者さんは、その後3週間に渡り毎日来院され、だんだん慣れて食べられる食品の種類も増えてきたと言われました。以後は次第に当院から足が遠のいていつのまにか来なくなりました。
その数か月後です。
たまたまこの患者さんと道ですれ違いました。口元には私の作った入れ歯がちゃんと入っていました。
私を見てニッコリ笑ってくれました。
きっと耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでやっと入れ歯で食事が出来るようになったのだと思います。
『入れ歯に慣れるのは3人の姑に仕えるよりしんどい』
と言われます。
総入れ歯に限らず、部分入れ歯でも状況は似たり寄ったりです。
お口の中にいきなり『入れ歯』が入ってくるわけですので、初めての入れ歯の場合には慣れるのに苦労するのは仕方ない事のようです。
しかし、近年では入れ歯作りの技術の発達、新しい使用材料の開発により、以前ほど苦労しなくても良い時代になりました。
では、次に新しい材料や最新技術を使った入れ歯における治療の進め方について見てゆきましょう。
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